「考える」=「ネットの中で自分の意見に近しい情報をさがす」になってない?

カワゾエです。

福岡でフリーランスやってます。僕の行動指針は一貫して「サムライ」です。わが身を軽くして思考をシンプルにするためです。

先日何人かの学生から「アドバイスほしい」ということで、ある案をもらったら、なんとなーく既視感のある内容だったんです。

「これ自分で考えた?」とたずねると、
「えっと、最初思い浮かばなかったんです」
「そうなんや。それで?」
「ネットを参考にしました」
「つまり、パクリか?」
「は、はい!すみません」
「・・・」

というわけで、彼らには、まず【うまいパクリ方】についてアドバイスしておきましたw

以上が、「考える」=「ネットの中で自分の意見に近しい情報をさがす」についての直近のエピソードなんですが、

これっていくつか要因があると思っていて、

まず「めんどうくさい」が挙げられますよね。

だってググれば、ネット先人たちの情報がわんさか出てきますからね。

だから、「いかに精度が高そうな情報にたどり着けるか?」に意識が集中しちゃいますよね。

そんなことばかり繰り返しているうちに、磨かれるのは「考える力」ではなく、「情報収集力」なのかもしれません。

でもそれこそAIの得意領域なので、人間てのはみずから自滅行為をしていることになります。

なんとも皮肉なものです。

もうひとつあるとすれば、「恥かきたくない」でしょうか。

ネットの中の文化圏にどっぷり入るほど、もはや「オリジナリティ」というのは意味をなさなくなります。

オリジナルかどうか、元のリソースかどうか、誰が考え出したのかはどうでもよくて、そのなかで、

  • 何を選ぶのか
  • 何を選んで間違えなかったのか

が、探し手の論理となります。

その結果、

「あいつの意見に賛成したけど、結局あいつは、違うことがわかった。おまえ、恥かいたな」

への予防線として、「予め正解を探す=調べる」ということに力を注ぐことになります。

AIが社会に浸透してくると、「自分のアタマで考える」行為に対する相対的な価値が増していきます。

なので僕も、いろんな人の話を聞いたり本を読んで【インプット】し、その【アウトプット】先の一つをこのブログに充てています。

 

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