「世界観つくり放題」の時代だからこそ新しいことに挑戦しよう

カワゾエユウキ
つねに網を張って「逆張り戦略」でチャンスをつかめ!

カワゾエです。

こないだもブログに書きましたが、「縄文ブーム」のようですね。

ブームといっても、たとえばうちの妻や、僕が行きつけの居酒屋の大将は、縄文ブームであることを知らないわけです。

つまり「局所的」に盛り上がっているってことですね。

少し前に雑誌『AERA』をなにげに読んでいたら、「フォントブーム」の特集をしていました。

フォントというと、ゴシックとか明朝なんかは馴染みがありますが、世の中には無数の文字体があり、相当の数あると自分好みのフォントもいくつかはあってもおかしくありません。

フォント愛が加熱するあまり、フォントそのものを擬人化して楽しもうよという、もはや「偏愛」の領域です。

擬人化といえば、『艦これ』とか『刀剣乱舞』なんかをすぐに思い浮かべるのですが、そもそも艦隊や刀を人に見立てるという発想自体がおもしろいですよね。

この世に“見立て”の概念を創り出した千利休も、現代にやってきたらさぞかしびっくりすることでしょう。

でも考えてみれば、日本人ってすごいですね。世界観つくり放題で、多くの人を熱狂させられるんですから。やはり多神教の国というのが関係しているのでしょうか。

でも縄文ブームと同じように、

うちの妻に、『艦これ』って知ってる?とたずねても、「何それ?」と答えるでしょう。

居酒屋の大将に、『刀剣乱舞』って知ってます?とたずねても、「酒の銘柄?」と答えるでしょう。

くりかえしますけど、どこまでいっても局所的なんですよね。

 

ただ局所的でありながらも、それらが「偏愛スポット」として無数に存在していて、自分が興味ありそうなところに身を委ねて楽しむことができる、そんな時代でもあるわけです。

しかもスポットごとに市場もつくれる可能性もあるわけですから、逆張りの発想でこれから花が咲きそうなテーマに対してあらかじめ仕掛けておくのも打ち手としてはアリです。

でも僕は、まわりを見渡して「次はなんだろう?」と外側をみながら探していくよりも、自分の欲にしたがって「これがいい!」とピンポイントに提案していく方を選びます。

そう、「これでいいのでこれにしよう」ではなく、「これがいいのでこれにしよう」を選ぶ。

前者は外部環境からくる発想だとしたら、後者の方が内発的に生まれたものです。

実現したいビジョンや世界観は、後者の方が強くなります。

せっかく世界観つくり放題の時代に生まれたのだから、自分たちで世界観をつくりだして、それが価値あると感じてもらった人からお金をいただくモデルを僕はつくっていきたい。

もっとも、仮に前者が失敗に終わったとしたら、「リサーチ不足でした」と外に原因を求めることができますが、後者なら「自分が甘かったです」と認めざるを得ません。

「またなんかやってるよ、あいつキモい」と言われようが、それでも壁をのりこえてなんどもチャレンジし続けるしかありません。

新しいことを始めるときの「おれ、キモいって思われないか」問題をどう乗り越えるか?

2018.08.16


“はたらく”を軽くしよう!

🔧このブログは、世界で1,000万ユーザーが利用するMindMeisterでアイデアを体系化・整理しています。