秩序から混沌へ!意図的にゆさぶりをかけて、予期せぬ力を爆発させよう

秩序から混沌へ!意図的にゆさぶりをかけて、予期せぬ力を爆発させよう

カワゾエです。

今年の「就活川柳・短歌」ってのが、本日発表されたみたいですね。

個人的にはきわめて関心はないのですが、いまは亡き日本の歌人には関心あります。

石川啄木なんかは最高ですね。

僕らが学校で習ったのは『一握の砂』あたりですが、彼が歌人として世間で評価を受ける前は、明けても暮れてもむちゃくちゃな数の歌を書いていました。

徹夜で朦朧となりながらひたすら作る歌は、ちょっと常軌を逸したものが多いんです。『一握の砂』のイメージで、それらの歌にふれるとまるで別人のように感じます。

👇同じようなことを感じている人のブログを見つけました。一部引用して紹介します。

この『石破集』においては『一握の砂』の極端な連作性とは逆に、一首ごとに主題も文体も変わってしまいます。

全体としては、おそろしき力の到来、女性への憧れ、それと表裏一体の女性嫌悪(思春期をこじらせた男ですね…)、その対象としての少女の群、生活の不安、革命の予兆、エキゾティシズム、黙示録的世界、都市の情景、恋歌、日常詠などが入りみだれ、全体としてはカオスもいいところ。すごくデタラメで、おもしろいんです。

(引用)石川啄木『一握の砂』、カオス、貧しさ、身振り(タパヌリ熱)

なんというか、石川啄木は、自分を破壊しに行ってますよね。

歌を書く作業ってどちらかというと、「秩序(コスモス)」化する方へ走っていきがちになって、作品としての全体の文脈をいかにつくるのかというところに意識が向くもの。

ところが一度方向が決まると、そこから抜け出すことがむずかしくなっていざ行き詰まってしまうこともあります。

思うに、啄木は自分の世界がこれ以上の広がりに限界を感じたときに、あえて「混沌(カオス)」の世界に身を投じようとしたんだと思います。

つまり、意図的にゆさぶりをかけることで、自分に予期せぬ力を爆発させようとしたんだと。

もっとも、啄木はあくまで『一握の砂』のような「勝ちパターン」を確立していて、自信が根底にあるからこそリスクを覚悟に振り切れるというのもあるのではないでしょうか。

プロレスラーの武藤敬司なんかもそうですよね。

人気絶頂期にいきなり「グレートムタ」という別キャラを持ってきましたからね。武藤も人気だし、ムタも人気。二面性をかけあわせた、まさに唯一無二のレスラーとなりました。

これが武藤だけだと、人気ベビーフェイスの延長で終わっていたでしょうから、ここで対極の超ヒールなムタをぶつけてくるあたり、石川啄木と共通するところがありますね。

働き方や事業活動にも

で、ひるがえって働き方や事業活動の文脈にも近しいことが言えると思っています。

  • ある程度、安定した会社組織にいながら、あえて畑違いの組織でボランティアをやるとか
  • ある程度、軌道にのった事業がありながらも、若手社員に裁量を与えてまったく違う新規事業にチャレンジさせるとか

既存のゾーンから、遠ければ遠いほど、対極にあればあるほど、想像を超えたアウトプットを生み出す可能性を秘めているように感じまます。

一般的に能力のある人ってのは、僕のまわりを見渡してもそうなんですが、わざと自らを対極のゾーンに投げ込むことを無意識にやっていますね。

そうでない人は躊躇しているのかわかりませんが、やらない理由をつくる達人技に磨きをかけているように思います。

 

👇こちらの映画、ゆさぶり具合がサイコーでした!



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