「ギブ&ギブの時代だ!」と言った瞬間に、“にわかギバー”へと変貌する人たち

「ギブ&ギブの時代だ!」と言った瞬間に、“にわかギバー”へと変貌するテイカーな人たち

アイガモ🦆代表の川添です。

むかしから「ギブ&テイク」とよく言われています。

これらを人で表すと、

  • ギバー(Give)=与える人
  • テイカー(Taker)=受け取る人

となるわけですが、

最近だと「これからの信用社会はギバーであれ。先にギブして、そのあとも構わずギブし続けろ〜」みたいな主張がよくなされています。

 

そうなるとどうなるか?

これまでテイカーだった人が、「そうか、オイラもひたすらギブすればいいのか!」と、妙な勘ちがいを起こし、急に“にわかギバー”へと変貌をとげます。

でも、そううまくことは運びません。

 

そんな「打算的」なギバー、まわりにいませんか?

彼らはもはや、ギブすること自体がテイクのための「手段」になってしまっています。

打算的ギバーとおぼしき人をSNSで定点観測するに、案外その下心は見透かされてしまっています。だって彼らがやってるのって、フォロワー多い人へのヨイショのコメントとかリツイートばかりですもの。ちょっと、あんたセミナー行き過ぎですわよ。

本来テイカーの人の行動というのは、そもそもが自分中心&自己欲求が強い傾向にあるため、側から見てもわかりやすいものです。あんた、けっこうバレバレですわよ。

 

それともう一つ、「これからはギブ&ギブの時代だ!」と声高にあげている人自体も、これまた「テイカー」の発想です。

真のギバーというのは、「どちらかというと自分はギバーである」と自覚はあっても、それをわざわざ自分から口にはしません。

ええ、こうして解説している僕は、多少はテイカー入ってますね(正直・汗)。

 

「じゃあ、真のギバーの人たちって、なんのためにギブするのよ?」と問われると、こういうことなんだろうと思います。

 

「うん、わかった。ならば自分はどうあるべきか?」という問いについては、個々人が認識することなのでなんとも言えません。

が、少なくとも「だれかのために役に立ちたい」というのは人間の欲求にあります。役に立てれば純粋にうれしいもの。感謝されれば自己肯定感も高まる。

ゆえに、“無理のない範囲“で「ギブの精神」を持ちつづけるというのが、健全かつ精神衛生的にもよいことではないかと思うのです。

 

ポイントは“無理のない範囲“です。

範囲を超えそうになると、「おれここまでやってるのに…」と邪念が芽生えてきますから。



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