なぜ自分のミッションをつくっても武器にならないのか

なぜ自分のミッションをつくっても武器にならないのか?

カワゾエです。

僕はふだん「はたらくを軽く」を旗印に、広報/PR系アドバイザーをやってます。行動指針は「サムライ」。身を軽くして思考をシンプルにするためです。

先日、知人よりこの本がよかったよと聞いたので早速読んでみました。

📕「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン

主旨は、自分の強みを把握し、自分のミッションを「言葉」にして落とし込もう。そうすればそれが武器となって100年時代を生きていく原動力になるよ、というものです。

本書では強みの見つけ方やミッションの作り方など、ワークシート付きで具体的に書かれていて、そのような課題を持つ人には最適だなと感じました。

一方で感じたことは、ここに書いてあることを実践して自分のミッションを言葉に落とし込めたとしても、挫折する人は一定割合いるだろうなあということです(本書ではそんな挫折予備軍へのフォローまでは書かれていません)。

あくまでふだんから自己理解が多少なりともできている人こそが手に取るべき本ではないかと思うのです。

自分のことをわかっていない人が、本書のフォーマットにしたがってミッションを言葉にできたとしても、どこか浮ついたものになるのがオチです。

さらに本人にとっては、「できた!これがおれのミッションだ」と一時的に意気揚々にはなるものの、ミッションを作ること自体が目的化していて、それを武器にしてどうしていきたいか?がすっぽり抜け落ちる可能性が大きいです。

なぜそんなことが言えるかというと、僕自身も20代のころにこの類の本を読み漁り、ミッションらしき大義をつくり、毎日手帳を眺めて唱和していたけれども、結局は行動と結びつかなかったという苦い経験があるからです。

じゃあどうすればいいかというと、ふだんから「内省」の時間をつくり、自分への理解をうながすのがひとつあるんじゃないかと。

たとえばすぐにできることとして、ふだん自分が日々過ごすなかで、

  • ふと感動したこと
  • ふと疑問に持ったこと
  • うれしかったこと(←たのしいよりもうれしい)
  • だれかに言われた意外なひとこと

など、感情の変化を「言葉」にしてどこかにメモとして残していくと、価値観が浮かび上がり自分を知る手がかりになります。

僕は、昨年ベストセラーになった『君たちはどう生きるか』のなかで、おじさんがコペルくんに言ったこの言葉、

「君自身がしみじみと心動かされたことを必ず覚えておきなさい」

が印象に残っているんですが、つまりそういうことなんだと思います。

ちなみに僕はかれこれ10年以上、寝る前にかんたんな日記を書いていますが、かなりの効果を実感しています。そうでないとこんな面倒くさいことはしませんw

いまものすごい変化のなかで、一日が矢のように過ぎていく感覚がありますが、「内省」の時間をどれだけとれるか、日々のちょっとした積み上げが未来の自分への手助けになるのでは?と感じています。

そうでもしなければ、今日という貴重な一日が、

  • 昨日をたんに上書きしただけ
  • 昨日の延長線上に今日があるだけ

になってしまいかねませんし、そんな中途半端な状態にあって地に足がついたミッションをつくるのはむずかしいのではないでしょうか。

「内省」は、これから働き方を語る上でのキーワード。

Googleが数年前からマインドフルネスを取り入れているのも合理的であると納得ができます。

 

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はたらくを軽くしよう。

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