信条がインストールされてないと「資本主義疲れ」を起こす

ゾエ (Yuki Kawazoe) 
信条がインストールされてないと「資本主義疲れ」を起こす

「なんか最近疲れてんだよねー」

先日一緒に飲んでいた知人がそう漏らしていました。

彼の話を集約するとだいたいこんな話。

  • 世の中の変化がめっぽう速くなっていて、とてもついていけない。
  • ほしいものもすぐに手に入るわりには、熱中できるものもとくにない。
  • ジブンにとっての幸せとはなにか?もよくわからなくなってきている。

とにかく悶々としているといった印象。

すでにジブンへの雪辱は晴れましたが、かくいう僕もそんな悶々ピープルな時期がありました。

“あのときの自分”に対する雪辱完了のお知らせ

2018.01.23

 

当時僕は、「悶々としたジブンに対して昔の人はどう向き合ったのか?」を知りたく、なぜか哲学全書を購入しました。

デカルトやカント、ヘーゲルなどの深みのある思考(思想)に魅了され、かなり勇気づけられたのを覚えています。

カワゾエ
ちなみに座標軸を考案したのはデカルト(「われ思う。ゆえにわれあり」を唱えた哲学者)。

ジブンをとりまくフィールドを二軸で示すことで、ジブンの立ち位置を客観的に示すことができるってすごくない?

ただ、いくら情報や知識だけをインプットしても、一時の高揚感で終わってしまって、また悶々を繰り返すんです…。

ではなく、それらはあくまで行動を起こすエンジンなんですよね。

行動してみてみないと未知の世界は体感できないわけですし。

 

で、僕はこれを起点にアホになって動くようになっていろんな「体験知」を得ました。

するとどうなったか?

その「体験知」が哲学書に書いてある「形式知」と結びつく。

「あ、そういうことね!」と、なぜ悶々とするのか?という問いに合点がいき、だんだんジブン自身を客観的にみれるようになりました。

一連の原体験はいまも活きている。

いわゆる「信条」みたいなジブンにとってグラつかない思想って、そんな過程でできあがってくるのかなと思っています。

だからなんとなく、

「よし、ジブンの信条つくるぞ!」とばかりに意気込んで、松下幸之助の『道をひらく』をむさぼり読みそれらしき名言に出会ったとしても、そこにジブンの血は通ってないですよね?(冒頭の彼は偉人の啓発書ばかり読んでいる…)

血を通わせるためには行動しないといけないのだ。そうやって道ができていく。

ひとつやっかいなのが、資本主義が行き詰まりつつあるいま、「ジブンはなぜその行動をするのか?」と問いをつきつけられるようになったことです。

要はこれからはよりジブンの「内面」が問われてくる時代です。

ZOELOGもあなたの役に立つ情報かはわかりませんが、まだ見ぬだれかが行動を起こすエンジンとなれば、毎日の更新も報われます。

 

👇 NewsPicksのこのプレミアム記事よかったです。資本主義の先に人々が求めるものが書かれている。



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