「世界観がある」という“ふわふわ感”をもっと言語化したいという欲求

ゾエ (Yuki Kawazoe) 
「世界観がある」という“ふわふわ感”をもっと言語化したいという欲求

「北欧、暮らしの道具店」という通販サイトをご存知ですか?

たいていの人は既知かと思います(ご存知ない方はぜひググっていただいてご確認ください)。

「世界観」という都合よい言葉

で、このサイトすごくセンスがいいですよね。

なにがいいか、ざっと挙げると

  • アイテムのセレクト感覚
  • 写真のクオリティ
  • サイト全体の雰囲気
  • つい読み進めてしまう文章
  • ストーリーで買ってもらう動線つくり

などたくさんありますが、これらを一言でひっくるめると「世界観がある」という言葉に収斂されると思うのです。

 

でも正直なところ、「世界観」って言葉ってほんと便利で、ここ最近は都合よく、ときに安易に使われているなあと感じています。

それってたとえばInstagramみたいにビジュアル重視で、余白はあるけど かといって言語が入る余地が少なく、しかもその人が持つ「視点」が対象物に反映されているモノほど、それを言い表すのに「世界観」って言葉を頻発している気がします。

言語化したいという欲求

それはさておき、「北欧、暮らしの道具店」なんですが、センスにあふれた唯一無二のメディアであることは疑いの余地がありませんが、左脳派の僕としてはなんとかそんな “ふわふわ感”を言語化したいという欲求にかられるのです。

つまり「世界観があるよね」の一言で片付けたくない。

 

そこで見つけたのが、「北欧〜」の運営会社であるクラシコム代表の青木耕平氏のインタビュー。

“ふわふわ感”が7割くらい解消

ぜひ上のリンクをクリックして読んでほしいのですが、これがまたしっかりと言語化されているではないですか。

しかも自分たちが「北欧〜」を通じてやっていることを、【村】そして【移住】になぞらえているところも秀逸です。

 

僕らがやっていることは、イメージとしては「旗を立てる」です。自分たちのステートメントを明確にすることで「僕らはこう思うんだよね」を公にしている。そして「みんながそう思うべきだ」よりも「同じことを考える人たちが集まる村を作っているよ」と発信する。

そうすると、そういった考えがもともと好きな人たちが集まってくる。別にその村を好きとは思っていなかったけれど、潜在的に「そういう村があったらいいな」と思っていた人たちが「あ、これは私たちの村じゃん!」「俺たちの村だ!」と、移住してくるイメージです。

どちらかというと「隣りの村も俺たちの村にしちゃおうぜ」より、山奥や砂漠のオアシスみたいな辺鄙なところに村を作って「こういう村を作ったんだよね」と発信している。そうすると「あそこは辺鄙だけど移住しよう」という人たちが集まってくる。構造としては、そういったことをやりたいのです。

そういう意味では「共感してほしい」と思っている人ほど共感させられないんじゃないかなと思っているんですよね。

おかげで、“ふわふわ感”が7割くらい解消されました。

どうも、あざす!

価値観をまず明確にする

このZOELOGも常々考えていることなんですが、共感者を増やしていくにはまず自分たちが大事にする価値観をまず明確にしないといけないということ。

それは押し付けであってはいけないし、たぶん世界のどこかで自分たちの価値観に共鳴する人がきっと存在するんだと想像をめぐらせて、メッセージを発信していくことが大切なことだなと。

即効性はないかもしれないし、長期的なスパンでみないといけないけど、決して高いコストではないと信じています。

送り先がわからない相手に手紙を出す

少し前までZOELOGでも、読んでもらいたい対象を絞って情報発信した時期がありましたが、アホらしくてやめました。

今は「はたらくを軽くする」という僕の個人的な動機が、ZOELOGのコンセプトになっていて、それに基づいて文章を書いて発信してますが、それに一人でも共鳴してくれる人がいればいいやくらいの感覚でいます。

そう、送り先がわからない相手に手紙を出しているようなものです。

その方が長い間メッセージを届け続けることができる、そんな気がします。

ブログなんてのは送り先がわからない相手に手紙出してるようなもの



はたらくを軽くしよう!

このブログは、Evernoteでネタを貯め、MindMeisterでアイデアを体系化・整理しています。