カタチだけの会議という名の「儀式」はダメ上司の精神安定剤になっている

ゾエ (Yuki Kawazoe) 
カタチだけの会議という名の「儀式」はダメ上司の精神安定剤になっている

佐々木さんのこれ、わかる…。

営業マン集めて会議っぽい儀式

わが家のディーラーの営業マンはとても優秀でして、お客からも信頼され毎月がんがん販売しています。

ただ彼の職場の店長のマネジメントがきついらしく、毎日決まって朝礼・夕礼・終礼、そして毎週定例の営業会議。

「朝礼はまだしも、夕礼と終礼は要らないのでは?」と尋ねると、「店長の方針なので仕方なく…」といった反応。

その中身もたいしたことなくて、店長が各営業マンの売り上げ見込みをチェックして詰めているだけ。

いや、まったく意味ない。

それって店長が営業マンを信頼していないことの裏返しで、とりあえず営業マンを集めて会議っぽいことをやること自体が精神安定剤になってるのでは?

そんなことを半ば失礼を承知の上で彼に話すと、「ほんと、川添さんのおっしゃるとおりなんです」との回答。

そのディーラーは店長の裁量が大きく、前店長は放任主義だったそうで、今とはえらい違いだとのこと。上司を選べないというのはサラリーマンのかなしき性なのか。

経産省での衝撃的な慣行

組織のなかにどっぷりと浸かっていると、無意識に暗黙のルールに従い、組織文化に馴染んでいる自分に気づかないことが多いです。

僕もかつて職場を民間から経産省に移ったときもいくつか衝撃的な慣行がありました。

  • 会議時はかならずメンバー全員に紙印刷して資料配布(しかも事前に資料をメール送信済み)、全員席にそろわないと開始しない
  • 新聞の切り抜きを部門内で回覧するのですが、下っ端の僕に回ってくるまで一週間かかるなど…(もはや情報鮮度ゼロ)

など。

書類は紙中心、SNS発信ストレス!サラリーマン出身の私が経産省に転職して《残念だったこと5つ》

やるべき3ステップ

いや、やばいっす。このままでは。

だからやるべき3ステップは、

  1. まずそういった職場に自分が存在しているということをまず「自覚」すること
  2. 次に改善できる余地はあるのか?という「見極め
  3. もし余地がなければ、サクッと「転職or起業」する

であります。

 

たった一度の人生。

他人に自分の時間を使わせてはいけない。

他人の人生を生きてはいけない。

(img via:Dudley Carr)



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