情報過多で選択肢が増えすぎると人はかえって方向性を見失う

ゾエ (Yuki Kawazoe) 
情報過多で選択肢が多すぎると人はかえって方向性を見失う

川添(@kawazoezoe)です。

時間が経つのは本当に早いものです。

世の中に流れる情報流通量がバク大に増え、またITによってコミュニケーションも良くも悪くもショートカットしている時代。

当然ながら一日は24時間で、時間そのものは不変ですが、環境が猛烈なスピードで変わっているだけに私たちは感覚的に短く感じるようになりました。

本当に大事なことはなにか?

かのピータードラッカーもこのように言っています。

数百年後の人びとがわれわれの時代を振り返るとき、歴史家の目にとまるのは技術やインターネットよりも、人びとの状態が大きく変わってしまった事実だろう。歴史上初めて、大多数の人びとが選択肢を持つことになったのである。ただし社会はいまだ、そのような事態に対応できていない。

私たちはこれまでになく多くの選択肢を持つことになり、日々その量に翻弄されています。

本当に大事なことはなにか?
いまやっている仕事は本質的なものか?

など見分けがつきにくくなってしまっています。

これは心理学的にいうところの「決断疲れ」と呼ばれる状態だそうです。

つまり選択の機会が増えすぎることは、人は正しい決断ができなくなり、方向性を見失うことにもつながっていきます。

情報の豊かさは注意の貧困をもたらす

かつて愛読していた『ストーリーとしての競争戦略』の著書であり、一橋大学大学院の教授でもある楠木建氏がハーバード・ビジネス・レビューの中で『「情報」と「注意」のトレードオフ』というテーマで「情報過多の時代、注意の貧困が起きている」と語っているのが、とても印象に残っています。

日々の仕事が「IT漬け」になっている今日、この当たり前のトレードオフを軽視したところから多くの問題が生じているというのが僕の見解です。(中略)さらにずっと昔、書籍しかなかった時代には、雑誌に対する何十倍もの注意が書籍に向けられていたことでしょう。人々は今よりも深く考えながら、対話するように情報と接していたのではないでしょうか。

ようするに、洪水のような情報量の増大が果てしなく起きているということは、注意の貧困もまた果てしなく広がっているということです。今後もその傾向が続くことはまず間違いありません。そこに注意がなければ、たくさんの情報に触れてもほとんど意味はありません。注意のフィルターを通してみることで、はじめてその情報は自分の血となり、肉となります。貧困になる注意をいかに復興させるかが重要な論点として浮かび上がってきます。

さらにノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンは、「情報の豊かさは注意の貧困をもたらす」という名言を残しているといいます。

つまり「情報」が増えるにしたがい、一つひとつの情報に向けられる「注意」は減ることになるということです。

情報に翻弄されて、大切なことに気付かずに今日の日を終えるということはさけたいもの。

 

そういった意味でも、私がいまこのブログを書いているのも“客観的に自分を見つめる”ための方法のひとつです。

情報と注意はトレードオフの関係。まとめ記事を読んで「わかったつもり」になっていないか

(img via:cea +)



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